リンカーン日誌

或る量的遺伝学者のテニュア取得までへの道

進化量的遺伝学の短期集中講義

ネブラスカ旅行の前週は、アリゾナ大学から招待されたBruce Walshによる「進化量的遺伝学」の講義がウィスコンシン大学マディソン校にて5日間に渡って開講されました。毎日朝8時半から夕方5時まで丸一日です。彼の名はFalconer and Mackay (1996)と共に量的遺伝学のバイブルとして上り詰めた"Genetics and Analysis of Quantitative Traits"の著者として有名です。

Genetics and Analysis of Quantitative Traits

Genetics and Analysis of Quantitative Traits

実は量的遺伝学の一面は芥川龍之介が1923年から1927年に渡って連載していた「侏儒の言葉」にも登場します。

遺伝、境遇、偶然 - 我々の運命を司るものは畢竟この三者である. 芥川龍之介侏儒の言葉

境遇を環境、偶然をモデルでは説明されないノイズとして読み替えれば、僕たちが目にしている表現型値を決定している因子が90年程前の小説に正確に列挙されています。

参加者は動物科学科、作物栽培学科、園芸学科、遺伝学科を中心とする学生・ポスドクで、量的遺伝学が専門ではない教授陣も数名参加していました。専門が細分化された昨今、教授と言えども分野が少し異なれば、知識はその分野の修士課程に所属する学生以下です。肩書や年齢に関係なく学ぼうという姿勢はアメリカのアカデミアの好きな箇所です。こちらでは学期中に開講される大学院生向けの講義に、専門外の教授が混じっていることはさほど珍しいことではありません。

さて講義内容は彼が現在執筆中で第二部に相当する本である"Evolution and Selection of Quantitative Traits"に沿って進められました。遺伝育種学に進化遺伝学的な解釈を付与しているといった感じでしょうか。ゲノム関係行列(G行列)が含む進化学的な意味などはあまり真剣に考えたことがなかったので、とてもいい機会になりました。

また、

Missing heritability arises as a consequence of ignoring Type II error

など至極当然だけど大事なことを述べていたりしました。

彼は何十年にもおよぶ研究者人生を本の執筆に費やしているそうです。彼のように指導している大学院生はゼロ、自身のめぼしい研究業績も量的遺伝学ではあまりなし、なぜなら自分の一生を講義と本の執筆に捧げているから、という研究者人生も選択肢の1つなのだなと考えさせられました。自分で何かを生み出すわけではないけど、日々発表される最新研究成果と過去の理論をすべて結びつけた上で、整理し、自分の解釈を付与するという作業は誰にもできることではありません。忙しい研究の合間を縫って、数年を経れば誰にも読まれなくなる中途半端な本を執筆するような他の研究者とは、覚悟が違いますね。

なお出版間近な第二部ですが、Bill Hillを中心とするエディンバラ学派が各章を査読しているそうです。これには納得です。

以下は集合写真です。

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